第5話 五つの玉に思いを巡らせる
真言密教における「五」という数字
今回制作した、山伏が腰に下げる印籠。
これまでの記事では、印籠という道具のこと、木地を作る職人や漆を塗る職人の仕事、そして私自身が考えた五つの玉を使った飾り結びについてお話ししてきました。
今回は、その「五」という数字について、少し考えてみたいと思います。
皆さんは、仏教の世界で「五」という数字が大切にされていることをご存じでしょうか。
私は仏具の仕事をしていますが、仏教には、普段何気なく見ているものにも、さまざまな意味や教えが込められていることがあります。
その一つが、真言密教における「五」という数字です。
真言密教では、「五大」「五仏」「五智」など、五という数字がさまざまな教えに登場します。
例えば「五大」。
地、水、火、風、空という五つの要素を指します。
地は大地、水は水、火は火、風は風、そして空は空間や広がりを表します。
これらは、世界や私たちの身体を構成する要素として捉えられてきました。
私たちが暮らすこの世界も、自然も、人間の身体も、決して一つのものだけで成り立っているわけではありません。
いろいろな要素が関わり合い、一つの世界を形作っている。
五大という教えに触れると、そんなことを考えさせられます。
また、真言密教には「五仏」という教えもあります。
金剛界曼荼羅などに表される五仏は、大日如来を中心に、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来を合わせたものです。
さらに、仏の智慧を五つの側面から説く「五智」という教えもあります。
このように、真言密教では「五」という数字が、仏の世界や智慧を表す大切な数として使われているのです。
山伏が行う修験道も、山岳信仰を基盤に、仏教や密教などの影響を受けながら発展してきました。
そのため、真言密教と共通する思想や儀礼も見られます。
もちろん、今回の印籠に付けた五つの玉が、伝統的に五大や五仏を表しているという決まりがあるわけではありません。
五つの玉は、私自身が印籠全体の姿を考えながら工夫した飾り結びです。
ただ、こうして「五」という数字について調べ、仏教の教えに触れてみると、今までとは少し違った見方ができるように感じます。
ものづくりというのは、形を作って終わりではありません。
その形がどんな場所で使われるのか、誰が使うのか、どんな歴史や文化と関わっているのか。
そうした背景を知ることで、自分が作っているものへの理解も深まっていきます。
今回の印籠は、山伏の方が腰に下げて使う道具であり、お寺の三百周年記念の行事に関わるものです。
単に見た目を美しく仕上げるだけでなく、使われる場所や、その道具が持つ背景にも思いを巡らせながら作る。
それも、職人として大切なことではないかと思っています。
私は、漆を塗る職人です。
普段の仕事では、木地の状態を見て、漆を塗り、表面を整え、一つひとつの工程を積み重ねていきます。
その作業自体は、いつもの仕事と変わりません。
けれど、今回のように山伏の方が使う道具を作るとなると、その道具の歴史や仏教とのつながりについても知りたくなります。
調べてみると、新しい発見があります。
そして、その発見が、ものづくりを考えるきっかけにもなります。
五つの玉を見て、五大を思い浮かべる人もいるかもしれません。五仏や五智を思い浮かべる人もいるでしょう。
あるいは、単純に、五つの玉がきれいに組み合わさった飾りとして眺める人もいると思います。
それぞれの見方があっていいのではないでしょうか。
大切なのは、目の前にあるものを、ただ形だけで見るのではなく、その背景にも少し目を向けてみることだと思います。
今回の五つの玉も、そんなきっかけになればうれしいです。
次回は、印籠の下に取り付けた根付のお話です。
根付には、栃の木の縮み杢を使いました。拭き漆で仕上げることで、木の表面に独特の縞模様が現れます。
私たち職人が「虎杢」と呼んでいる、自然が生み出した木の表情です。
木が持っている魅力を、漆の仕事によってどのように引き出すのか。
次回は、そんな素材と仕上げのお話をしたいと思います。
一つの道具を作ることから、仏教の教えや、ものづくりの背景を知る。
職人をしていると、手を動かすことだけでなく、そこから学ぶこともたくさんあります。






