お寺の御内陣は、職人の頑張る場所
今回、「京都の仏具は、誰がつくっているのか」という問いかけから始まり、全11話にわたって、木製品の漆塗りの仏具ができるまでに関わる職人たちの仕事を紹介してきました。
木地師、木彫刻師、漆塗り職人、蝋色師、金箔押し職人、蒔絵師、彩色師、彫金師、鋳金師。そして、漆を職人へ届ける漆屋さん。最後に登場したのが、仕立てや組み立てを担う仏具師です。
改めて振り返ってみると、一つの仏具が完成するまでには、本当にたくさんの人の手が入っています。
木地師が木を選び、形をつくる。木彫刻師が木に命を吹き込むように彫刻を施す。漆塗り職人が何度も漆を塗り重ね、蝋色師が磨くことで漆本来の艶を引き出す。
そこへ金箔が入り、蒔絵や彩色が加わり、彫金や鋳金による金属の仕事も加わっていきます。
それぞれの職人が、自分の専門分野で力を尽くす。
そして、最後に仏具師が全体を見渡し、職人たちの仕事を一つにまとめ上げる。
私は、この一連の流れを野球に例えるなら、職人一人ひとりが選手であり、全体を考えて仕事をつなぐ人が監督のような存在だと思っています。
どれほど優れた技術があっても、一人だけでは完成しません。
次の職人が仕事をしやすいように仕上げること。全体の完成形を思い描くこと。そして、それぞれの職人の持ち味を生かすこと。
京都の仏具づくりには、こうした職人同士のつながりがあります。
一つの仏具は、一人の職人の作品であると同時に、たくさんの職人が力を合わせた仕事の結晶なのです。
では、私たち職人は、何のために技術を磨き、時間をかけて仏具をつくっているのでしょうか。
もちろん、良いものをつくるためです。
しかし、つくること自体が最終目的ではありません。
完成した仏具が納められ、実際に使われる場所があります。
それがお寺です。
そして、私が特に大切に思っている場所があります。
それが、お寺の御内陣です。
私は、御内陣を「職人の頑張る場所」だと思っています。
野球選手が球場で力を発揮するように、職人にも、自分の技術を発揮する場所があります。
木地師の仕事も、彫刻師の仕事も、漆塗り職人の仕事も、蝋色師の仕事も、それぞれ単独で完結するものではありません。
たくさんの工程を経て完成した仏具が御内陣に納まり、そこで初めて、それぞれの仕事が一つの空間の中で生きてきます。
漆の深い艶。金箔の輝き。彫刻がつくる陰影。細部に施された金具や彩色。
それらが調和し、御内陣全体の荘厳さをつくり上げていく。
その姿を見ると、これまで関わってきた職人たちの仕事が、一本の線でつながっているように感じます。
そして、御内陣は完成したら終わり、という場所でもありません。
長い年月が経てば、漆が曇ることもあります。金箔が傷むこともあれば、金具が緩んだり、部材に傷みが生じたりすることもあります。
そうしたときには、また職人の出番です。
傷んだところを直し、曇った漆を磨き、必要な手入れを施す。
何もかも新しくするのではなく、今あるものの価値を見極め、できるだけその美しさを生かす。
これもまた、職人の大切な仕事です。
私は、漆の艶を取り戻す「復活蝋色」にも、そうした思いを込めています。
長い年月を経てきた仏具には、その時間の中で育まれた美しさがあります。それを大切にしながら、もう一度、本来の艶を引き出していく。
御内陣に向き合うことは、ただ古いものを修理することではありません。先人の仕事を受け取り、次の時代へつないでいくことでもあるのです。
今回の11話を通して、私がお伝えしたかったのは、職人の名前や技法だけではありません。
一つの仏具の向こう側には、たくさんの人の技術と経験があり、人と人とのつながりがあるということ。
そして、その仕事が生かされる大切な場所として、お寺の御内陣があるということです。
もし、お寺で仏具を見る機会があれば、少しだけ目を向けてみてください。
「この艶は、どんな職人が磨いたのだろう」
「この彫刻は、どんな手仕事から生まれたのだろう」
「この金具は、誰がつくり、誰が取り付けたのだろう」
そんなふうに見ていただくと、今までとは違った仏具の姿が見えてくるかもしれません。
そして、その仏具をつくり、守り、受け継いできた職人たちの存在にも、気づいていただけたら嬉しく思います。
京都の仏具は、職人から職人へ。人から人へ。技から技へ。
そうして受け継がれてきた仕事が、御内陣という場所で一つになります。
お寺の御内陣は、職人の頑張る場所。
これからも私は、一人の職人として御内陣に向き合い、先人が残してくれた仕事を大切にしながら、自分にできる仕事を積み重ねていきたいと思います。





